レンタルiPadで関ヶ原 PART7

先日は季節外れの陽気でしたが、今日は季節に相応の天候と肌寒さになっているようでございます。こうした週末にレンタル商品が活躍するようでございます。

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”灯火親しむべし”、”読書の秋”ということで、レンタルで、購入するよりも安価なタブレットやiPadで読む、電子書籍をおすすめ致したく、拙文ではございますが、前回に引き続き、関ヶ原の戦いについて、記述していきたいと思います。

少しでも書籍に親しみを感じて頂けたら幸いでございます。

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世継ぎを諦めかけていた天下人・豊臣 秀吉に、待望の一子・秀頼が産まれたことにより、豊臣家の内部に大きな変化が訪れます。

その変化に巻き込まれた一人に豊臣秀俊・後の小早川 秀秋がいます。秀秋はこの時期の秀吉にとっては、”どうにかしておかなければならない”相手だったようです。

秀吉は、ここで妙案を思いつきます。秀秋を中国の覇者・毛利家に養子に行かせることでした。

親類の秀秋を外様の大大名である毛利家の後継ぎにすれば、ますます秀頼の行く末は安泰という訳です。

しかし、その事態を黙って見過ごすような毛利家ではなく、秀秋は毛利家の分家である小早川家に養子に迎えられました。

いくら、秀吉に臣下の礼を取ったとはいえ、毛利家というのは、鎌倉幕府・初代征夷大将軍の源 頼朝に仕えた大江 広元の子孫という歴史があり、中国地方では、古くから続く名門です。

かたや、秀吉にはそういった歴史がなく、身一つで成り上がった傑物ですから、現代では考えられないほど、血筋や氏素性に拘る戦国時代では、宗家の跡継ぎに、他家の者、ましてや名門ではない者の流れができること=家を乗っ取られるということを極度に恐れ、すわ天下の一大事と毛利家では、協議を重ねた結果、毛利両川で発言権が強く、思慮深いことでも知られる小早川 隆景が、自分の養子に迎えるということで、事態を丸く収めています。

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最初の狙いが外れたにも関わらず、秀吉がこれを受け入れたということは、多少なりとも無理を言っていると自覚していたのでしょうが、中国地方の覇者で、一代で十ヶ国近い領国を版図に収めた毛利元就の三男で、元就亡き後も、その遺言に従って、天下を狙わず、頼られたら断らずという律儀な家風という毛利家のイメージを近隣の諸豪族や天下の大名たちに浸透させた隆景の養子にできるなら、満足と思ったといえるかもしれません。

これで秀俊は、金吾中納言・小早川 秀秋として、後の世まで、良くも悪くも名を残すことになるのです。

・・・この続きは次回までのお楽しみということにさせて頂きます。